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盛岡地方裁判所 昭和30年(ワ)18号 判決 1957年2月13日

原告 佐藤紫朗

右代理人弁護士 中村伝七

被告 朴舘喜三郎

右代理人弁護士 石川克二郎

主文

被告が、訴外上山常吉に対する盛岡地方裁判所昭和三〇年(ヨ)第一一号仮処分決定正本に基き別紙目録記載の物件につきなした仮処分はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

主文記載の物件に対し原告主張のような、訴外上山常吉を被申請人とする仮処分決定がなされ、その執行を見たことは当事者間に争がない。

右物件が、訴外上山所有の岩手県二戸郡小鳥谷村大字中山字家向三十九番の二十八、二十九の各山林から、被告により伐採されたものであることは上山常吉の証言(第二回)と被告の供述を綜合して認められる。(原告は本件物件を伐採した山林の地番を右同所同番の二十であると主張するけれども、その誤りであることは右常吉の証言から明かである。)

原告は、本件物件を、昭和二十九年十二月二十五日上山から買受けて所有権を取得し、その引渡を受けたと主張するのに対し、被告は、これより先、訴外高萩炭鉱株式会社において上山から訴外佐々木利吉を経由して買受けた、右山林と別個の山林立木に石数不足があつたので、これを補填するため、同会社において上山より本件物件伐採前それの生立していた上山所有山林の松立木を無償譲渡されたものであり、そうでないとしても、上山、訴外本郷元美間には、右立木を目的物とし、訴外会社を受益者と定める第三者のためにする売買契約が成立し、これに基く同会社の受益の意思表示により、該松立木の所有権は同会社に移転した旨抗争するから、先ず訴外会社が果して本件物件伐採前の右山林立木の所有権を取得していたか否かを検討する必要がある。

証人上山常吉(第一、二回)、上山孝一、佐々木利吉、小田島良孝(第一、二回)、野中貞雄の各証言、原被告の各供述、及び上山常吉(第一回)の証言により成立を認め得る甲第一号証、成立に争のない甲第二号証、第三号証の一、二、上山常吉(第二回)の証言により成立を認め得る甲第四、五号証、佐々木利吉の証言により成立を認め得る乙第一号証、原告の供述佐々木の証言を綜合して、本郷元美において上山の名義を冒用して作成したと認むべき乙第二号証、被告の供述により成立を認め得る乙第三号証を考え合わせると、次の事実を認定することができる。

訴外上山は昭和二十八年十月頃その所有の山林中三十九番の二十五、二十六合計二十六町歩余の一部約五町歩に生立する松立木五十二年生千石以上を、目通り六寸以上のもの百五十本を残して、訴外本郷元美に代金百八十五万円で売渡し、本郷はその頃さらに右地域の松立木全部を、上山が売渡範囲から除外した部分の存することを告げないまま、訴外佐々木利吉に、佐々木は同年十一月五日さらにこれを右同様にして訴外高萩炭鉱株式会社に代金三百三十万円で、それぞれ転売した。そこで同会社では、その伐採に着手しようとしたところ、隣地を所有する岩手林業株式会社から、その所有地域を侵している旨の抗議に接したので、調査すると、訴外会社がこれを買受ける際売主の佐々木がなした実地指示に誤りがあり、その指示区域には三十九番の二十五、二十六に該当せぬ前記岩手林業株式会社の所有地が存していたのみならず、前記の如く、三十九番の二十五、二十六山林松立木中には上山が売渡さない約三百石の除木のあつたことも判明した。このため、訴外会社は、右立木買受けに際し期待した見積り石数二千万の半ばにも達しない不足を生じたとして、売主の佐々木に対し契約を解除する旨を申し入れる一方、上山にも直接この事実を伝え、また佐々木は本郷に訴外会社の右申入れを伝達した。しかし、佐々木、本郷は、かくてはすでに受領した巨額の立木代金をそれぞれの買主に返還することを余儀なくされるので、種々苦慮した末、これを回避する方法として、上山よりその所有の他の山林から右不足分に代る松立木をさらに取得した上、これを訴外会社に提供するほかはないと考え、本郷から、上山に対し、右山林に隣接し同じく上山の所有する三十九番の二十八、二十九山林中約三町歩に生立する松立木を、本郷において買受け取得したい旨を申入れた。上山は一旦これを拒絶したが、本郷の強つての懇請もあり、かたがた同人が相次いで松立木の売渡しを望む裏面には、前述の事由から訴外会社より佐々木え三十九番の二十五、二十六山林立木の売買につき解除の申入のあつた事情の存することを察知していたので、これに応じ、昭和二十九年五、六月頃代金を二十五万円、支払期日を一週後と定めて、右山林立木を同人に売渡す旨の契約をした。すると、本郷は期限を過ぎても右代金の支払を怠りながら、一方、訴外会社代理人小田島に対しては、佐々木を介し、本郷において右立木を買受けるものなることを明かにせず恰かも上山が不足分の立木を訴外会社に無償譲渡するかのような報告をしたので、小田島は、上山よりその旨の申出があつたものと解し、譲受立木の実地指示を上山から受けようと、佐々木、本郷に、上山へのその旨の連絡方を依頼したところ、本郷は、上山に『代金支払の期限は過ぎたが、何とか金策して履行するから、山を見せてほしい』と申入れた。そこでこれを承諾した上山は、同年七月初め頃、同人としては本郷へ売却を約した立木の範囲を本郷及びその折本郷に同道して現地に来合わせたことより同人から転得して伐採するものと予想せられた訴外会社の代理人小田島に、実地に指示する趣旨のもとに、本郷、小田島等を同行して右山林に至り、伐採許容区域の指示を与えた。しかし、本郷はその後も依然右代金支払の遅滞を続けるので、なお履行を期待する上山が幾度か督促を重ねるうち、右現地指示により上山の無償譲渡の意思を確認し得た如く即断した訴外会社は、三十九番の二十五、二十六の伐採を終えて間もない昭和二十九年十一月五日、右伐採を請負わせた被告をして、引続き同番の二十八、二十九山林中上山指示の区域内の伐木に着手させるに至り、途中同月十八日このことを知つた上山の中止の要求も空しく、右区域全部の伐木を完了させ、本件物件を含む松丸太約三百五十石を造材させたものである。

以上のとおり認定することができる。

原告は、上山、本郷間の契約は売買の予約に過ぎないと主張するけれども、上山常吉の証言中これに合致する部分は措信せず、他に右契約が右認定と異り予約であることを認め得る証拠がないから、原告の主張は採用しない。その他前記各証拠中右認定に反する点は排斥する。

被告は、右認定の上山、本郷間の売買をもつて訴外高萩炭鉱株式会社を受益者とする第三者のためにする契約であると主張するけれども、本件の全証拠を検討しても、いまだ、同人等が、右訴外会社を第三者とし同会社のためにする旨を表示して右契約を締結したことを認めるに足りない。よつて被告の右主張は採用しない。また被告は上山が訴外会社に対し右松立木を無償譲渡することを約したと主張し、証人小田島良孝(第一、二回)、佐々木利吉、野中貞雄の各証言、及び被告の供述にはこれに合致する部分がある。しかし、元来、訴外会社が契約解除を云々するに至つたのは、前認定の如く、佐々木より、三十九番の二十五、二十六の立木を買受けるに当り上山において所有権を留保した立木百五十本のあることを告げられず、かつその隣地までも右山林の該当地域であるかのような誤つた指示を受けたとの二つの事由から、契約所定の石数に不足があつたことをその理由とするものと認められるところ、その事由中前者については、上山としては、前記のとおり、その買主の本郷には当初から松立木百五十本を売買の目的から除外する旨を明確にしており、ただ本郷が佐々木にこの点をことさら秘して売却した結果佐々木も訴外会社にこのことを告げなかつたに過ぎないから、上山にはその責がなく、また後者については、上山やその代理人が右山林の実地指示を誤つたとの証拠は存せず、かえつて、上山としては図面により右山林の範囲を正しく指示したものとしてこの点についてもその責はないものと信じていたことは同人の証言から窺われるところである。そこでこの事実に基いて考えると、右の二点を理由とする契約解除の申入には、上山としては、それが同人の契約相手方からなされるものでない不合理を別にして、以上の理由からだけでも、これに屈服すべきいわれがないとの態度をとつていたことが推認され、したがつて、このような態度をもつ同人が三百五十石にも達する立木の無償提供という少なからぬ犠牲を一身に負い、いわば一切を同人の責任とするかのような解決方法をたやすく甘受するとはとうてい認められない。してみると、他に契約書等の確証があれば格別、前記証人等の証言だけでは右被告主張事実を認めるに足りない。上山が前認定の立木の実地指示に際し、小田島に指示区域の立木を伐採してもよいと述べたことは小田島の証言にも明白であるが、これとて、その趣旨は前認定の事実に基いてこれを推測すると、上山の指示区域が本郷への売却区域であるから、その範囲内ならば伐採してもよいとの意向を表現したに過ぎなかつたものと解するのが至当である。もつとも、訴外会社が上山のこの言葉を同会社への立木の無償譲渡を承諾する意思表示と解したことは、当時佐々木から、上山がそのような申出をしたかのような通知を受けていた訴外会社としてみれば、一応は無理からぬ成行であつたとも考えられ、したがつて、若し、上山が右通知のことを当時すでに知つていたものとすれば、たとい同人に無償譲渡の意思はなくとも、その不用意からかかる当然の誤解を生ぜしめたものとして、これをもつて、表示行為上訴外会社に対し該立木譲渡の意思表示をなしたものとの認定をなし得ないではないけれども、同人が、右指示の際、訴外会社がそのような通知を受けていた事実を知つていたとの証拠はない。むしろ、原告の供述、佐々木の証言、及び右証拠のほか前記第二号証と同甲第五号証の対比とにより認め得る、佐々木訴外会社間の前記三十九番の二十五、二十六山林立木の取引に際し、佐々木より、訴外会社に、上山から佐々木に交付された右立木の売渡証であるとして提出された、本郷作成の乙第二号証には、上山が本郷に与えた売渡証に明記されていた前記売買目的外の立木ある旨の記載を欠く事実、とを考え合わせると、本郷は、前記のような紛議が、同人において上山より告げられた売買目的外の立木あることを佐々木に秘して取引した不正に端を発する事実に鑑み、訴外会社に対し当面を糊塗すべく一策を案じ、自ら出捐して不足分の立木を上山より買受けてこれを訴外会社に提供しようと企図し、しかも同会社には、上山より不足分の立木が無償譲渡されるものの如く伝達して、右の不正を取繕わんとした形跡を窺うに十分である。してみれば、訴外会社に対してなされた前記の通知は、事態をび縫して解約を免れんとする本郷の苦肉の策に出で、上山には秘匿されていたことを察するに難くない。これを要するに、上来縷述の事情からいうと、上山は自己の前期の言が、訴外会社により、同人指示の立木を同会社に無償譲渡するとの趣旨に解されようとはとうてい思い及ばなかつたところであると認められるのであつて、この点からしてもこの言を捉えて、上山が右立木譲渡の意思表示をなしたものと認めるわけにはゆかない。

よつて被告の右主張もまた採用しない。

ところで本件のような特定物の売買にあつては、その成立と同時に目的物の所有権は買主に移転するのを原則とするが、売主において特にこれを自己に留保した場合にはこの限りでないと解すべきところ、上山、本郷は、さきの三十九番の二十五、二十六山林立木の売買に際しては契約と同時に売渡証及び代金内金の授受を行いながら、前認定の同番の二十八、二十九山林松立木の売買にあつては、いずれも契約書その他これに関する何等の書面をも作成せず、その代金の如きも、全額の支払を後日に期していることは、上山常吉、同孝一の各証言により明白であるから、以上の事情に徴すると、右契約をもつて予約であるとする原告の主張は採用に値しないとしても、該契約が成立と同時に目的物の所有権を買主に移転する約旨であつたとは解し難く、反対の事情のない限り、右契約成立後も目的物の所有権は売主たる上山に留保され、少くとも代金一部の支払をまつてはじめて買主たる本郷に移転する約旨であつたと認めるのが当事者の意思に合致するものというべきである。

しからば、本郷が右契約後今日に至るまで代金の支払を全く怠つていることは、上山の証言によつて認め得るところであるから、右契約代金支払前に行われた被告伐採当時には前記立木の所有権は、該契約にも拘らず、なおそれの生立する山林所有権の内容として右山林所有者たる上山に留保され、本郷には移転していなかつたものといわねばならない。そうだとすると、たとい、本郷がその立木を訴外会社に譲渡することを約しても、これによりその所有権が同会社に移転する道理はない。

そうすると、訴外会社からこれが伐採を請負つたに過ぎない被告としては、結局何等の権限に基かずしてこれを伐採したことに帰し、したがつて、該立木にして上山の所有である以上、被告の伐採によりその地盤から分離して動産となつた本件物件を含むこれが伐倒木もまた、上山の該山林所有権の効果として同人の所有に帰すべきことは、多言を要しないところであろう。

しかして、前記甲第一号証、上山常吉の証言及び原告の供述を考え合わせると、原告は、昭和二十九年十二月二十五日上山から、本件物件を含む右伐倒木全部を、代金三十万円をもつて買受け、代金を完済してその所有権を取得し、かつ引渡をも受けていることを認定することができ、右認定に反する証拠はない。

被告は、右認定の契約をもつて、上山、訴外会社間の取引の経緯に関与してこれを熟知する上山、原告間になされたものであるから、通謀虚偽表示として無効であると争うけれども、単に前認定のような取引経緯や紛議の経過を熟知するとの一事では、右契約を通謀虚偽表示と断定するに足りないし、他にこれを認め得る証拠はないから、被告の主張は採用しない。

そうだとすると、本件物件は原告の所有に属するこというまでもない。そして、本件仮処分は、その性質上第三者たる原告に対抗し得る効力を有する結果、右原告の所有権を侵害することが明白である。被告は、本件仮処分は被告の本件物件に対する占有権を被保全権利とするものと主張するが、そうであるとしても被告が原告に対する関係においてこれを占有すべき本権を有することの主張立証はないから、結局右物件に対しなされた本件仮処分は違法であり、所有権に基きこれが排除を求める原告の本訴請求は正当として認容すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤貢)

<以下省略>

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